対談 加藤利奈子 × 有川宏幸「若者が、真剣に考える出生前診断」
2012年8月に「新型出生前診断」の臨床応用が、国内でも始まると盛んに報道されました。
この年、私が担当している「知的障害心理学」の講義ではじめて出生前診断について取り上げました。
1990年代にも、出生前診断については議論がありました。ちょうど、私が大学院にいたころで、その時初めて「優生学」という学問について知りました。
ゴッダード(1912)の“The Kallikak Family – A Study in the Heredity of Feeble-Mindedness”について、講義やゼミで話を聞き、大変ショックを受けました。中でも、「カリカック家の家系図」というものがあり、これをもとにゴッダードは知的障害の遺伝現象について説明したというところに、何とも言えないザワつきを感じました。
カリカック家については、写真がいくつも残っており、それを複雑な気持ちで眺めていたことを思い出します。そして、なによりこの優生学が、その後の断種(不妊手術)や、それこそ「夜と霧」のナチスの人種政策へと繋がっていったことにさらに衝撃をうけました。
ゴッダードのこの報告は、その後、データの収集手続きに問題があり、今ではとんでも研究として位置づけられています。なお知的障害は、必ずしも両親の遺伝子によるものではなく、子どもの遺伝子の突然変異により起こることが多いと言うことがわかってきています( Rauchら(2012)Range of genetic mutations associated with severe non-syndromic sporadic intellectual disability: an exome sequencing study.)
その後も、優生学について、ことあるごとに考えるようになっています。今日に至っても、この思想は生き続けているので、この問題に触れるニュースは後を絶ちません。
バイオテクノロジーの発達による、エンハンスメント論争(増強的介入)などは、現代の優生学と言えるかと思います。このあたりについては、あのハーバード白熱教室でお馴染みのマイケル・サンデル先生が書いた「完全な人間を目指さなくてよい理由」(ナカニシヤ出版)の中で具体的な事例が紹介されています。
さて「新型出生前診断」に話を戻します。
実際、私はこの検査については、賛成も反対もできませ。答えがいつまで経っても出ないのです。答えがないのに講義で取り上げるのもどうかとも思いますが、私が彼らに伝えたかったことは「考えれば考えるほど、答えが見つからなくなる、だから考えろ」でした。
これが今の私の答えです。白か黒かをはっきりとつけることが何も重要なことではないのです。単純に、賛成とか反対と決めつけた途端、この根が深い問題に私たちは、たちまち思考を停止してしまいます。
人の親になり、命が何よりも大切なのは十分に理解しているつもりです。けれども、中絶によりその大事な命を失うと言う体験を否定できるほど簡単な問題でもないとも思うのです。その苦しみについて、自分が体験していない以上、私はこの検査と、それによる親の判断に反対を唱えられません。
なので、私はこの問題を考えるとき、当事者性という問題を一番に考えます。その時、この問題に直面した人たち、と言うより私自身に想いを巡らすことが、唯一正しい答えなのではないかと思っています。そして、そこには中絶を「否定」も「肯定」もする自分がやはりいるのです。本当に直面した時、どのような判断をするかはわかりませんが、悩み苦しむ自分の姿だけは容易に想像できます。
学生の講義アンケートにあった、この件の「先生の考えが聞きたい」と書いた学生へ。これが人に説明できる私の答えです。
だからこそ特別支援教育に限らず、教育に携わる学生たちには「命の問題でも、単純に答えが見つからないものもある。だからこそ思考を止めてくれるな」と思っています。このテーマは今では、この講義の主要テーマになっています。
さて、今回のボイスジャーナルでは、この時に講義を受けていた学生が、その後も考え続け、自分なりの答えを探そうとある実験を試みました。彼女は、この問題の本質に少しでも近づこうとしました。彼女がどのような答えを出したかは対談の中でも触れられています。
さらに、この学生が行った研究データを、私もすぐに講義の中で取り上げました。学生たちは、自分たちの出生前診断に対する意識についてのデータだということもあり、この問題について逃げることは出来ず、みな真剣に考えていました。
この講義は、私がこれまでやってきた講義の中で、もっともエキサイトなものになりました。
ボイスジャーナルはこちらで聴けます。
また、この研究の紀要原稿はこちらでご覧いただけます。
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