新潟も日中、だんだんと暑くなってきています。午前中は研究室にいることが多いのですが、午後はあちこち出かけます。車の中の温度が、もはやクーラーなしでは辛くなっており、その時点でクッタリとしてしまいます。
そして、研究室公認ゆるきゃら「あり犬(けん)」です。ホームページでは初お披露目です。どなたか三次元にしていただけませんでしょうか?
ふなっしーみたいに飛んだり跳ねたりしているところを見てみたいのですが・・・。
さて、今日は机上の空論も時には必要と言うお話。
先日、困った行動が多発している子どもがいる保育園へ行動コンサルテーションに行ってまいりました。コンサルテーションに入る前に、行動記録法についてレクチャーし、実際の記録を基に今後の対応方略について検討することにしていました。
そして、コンサル前日には、18枚にものぼるABCチャートと、二週間分のスキャッタープロット、MAS、そして今回介入の対象となっている行動のグラフが送られてきました。なかなか終わらないFAXに恐怖を感じましたね。「永遠に出続けたらどうしよう」と。
去年までは、院生に「はい、これ整理しといて」と渡し、車での移動中にその学生からABCチャートの中身の説明を受けていました。
今年は、まだ実践に耐えられるような学生を身近に置いていませんので、すべてこれらを一人でやっています。
ま、忙しいと言いたいわけです。じっくり、読み込んでもいられませんよと言い訳したいわけなのです。私は、記録に書かれている以上の出来事について、空想の羽を広げて飛び回るゆとりもありません。レッドブルのおかげで、毎日なんとか動ける翼を授けてもらっている状態なのです。本当によく飲んでいます。
なので「記録こそ、すべて」であり、それに基づく机上の空論をこねるのが精いっぱいなのです。
さて保育園の場合、コンサルテーションをするのは午後の一時間半程度です。子どもたちはお昼寝をしていますが、保育士は本当は、連絡帳など書かねばならない、実はとても忙しい時間なのです。この時間を確保するのがどれだけ大変かと十分承知しています。保育士さんも、私と同じ忙しい身なのです。
が、私は性格が悪いので、送られてきた18枚の記録だけでは満足していません。送りっぱなしということは、分析を丸投げしていることになります。分析のノウハウまでは、すでにレクチャーしていたので、記録だけではなく、分析結果まで示されないとコンサルの意味はなくなりますし、少ない時間をさらに無駄な時間にしてしまうことにもなります。お互い忙しい身だからこそ、時間は有効に使いたいものです。
もっとも、何か少しでも、前に進もうとしている園は、このあたりで「多少の無理」と言う、何かしらの足跡を残すものです。
先日うかがった保育園はさすがです。望んでコンサルを受けているとのことなのでヤル気が違いますね。記録を送るだけではなく、ちゃんと分析して、さらに対応方略もたて、手ぐすね引いて待っていてくださいまして・・・。
素晴らし・・・。これだけのヤル気を見せられると、こっちの本気度も問われますね。「よかった、ちゃんと分析してきて」と、ホッと胸をそっとなでおろすのでした。忙しくても気をぬいたらいけません。
もともと送られてきた記録がとても簡潔に「行動の前後の様子」が整理されていたので、読み取りにさほど時間を要していなかったことが大きいです。正直、ここで戸惑うことも多いのですが、この園は本当によく書けていました。また、スキャッタープロットの記録も、生起時間と生起していない時間が明確になっており、明らかに特定の活動時に困った行動が起こっていることなども見て取れました。この活動自体が、問題の起こりやすさと関連していることもわかります。
お見事です!! 本当に素晴らしい!!
その事実に基づく分析結果と、それに基づく方略について説明をもらいました。そして、このあたりからが、コンサルの出番なのですね。腕の見せ所と言うか・・・。
経験上の話ですが、多くの場合、記録の内容を読み解こうとするがあまり、記録に書かれた事実を飛び越えて、一つの物語をつくる分析結果と、それに基づく対応方略をよく目にします。しかもその物語は、観察する側が容易に共感できる物語に仕上げられる傾向があります。
いろいろ理由は考えられますが、共感されやすい物語は、多くの人に同意を得やすく、確率的に強化されやすいと考えられます。つまり「気に入らないことがあるから、暴れている」、「嫌な活動をさせられるから叩く」と説明することで、「そうだね」と言われやすいのです。
もちろん、これらが事実をもとに推定されているのであれば問題はありませんが、実際には「気に入らない」「嫌だ」というのは、あくまでもその子どもの気持ちを、感じるままに空想しているにすぎず、事実かどうかはわかりません。「楽しくって暴れている」こともあるし、「気持ちいいから叩いている」こともあるわけです。ただし、この場合はおそらくあまり同意がられないので、分析結果にはなりにくいかもしれません。
どっちが(何が)本当の理由なのか、実は誰にもわからないのですが、同意を得やすい分析結果になりやすいということは、チームで分析にあたる際、一定のリスク要因となることを知るべきです。
推定が、たまたまあたっていればよいのですが、誤った見立ての場合も多く、この場合に立てた方略は、ほぼ例外なくうまくいかないことになります。
自分のレントゲン写真をみながら、他人の病巣を探し、周囲は「うん、そういうこともあるかもね」と同意し、治療がはじまり、それでうまくいく方が奇跡なのです。そして、その奇跡は起こらず、それが繰り返された結果が、今、現在の状態なのですから・・・。
そこで、こういう時に、私は「机上の空論が重要」と説明します。
正確には、子どもの姿を思い浮かべながら分析に取り掛かかり、周囲に同意を得やすい分析をするのではなく、「記録に基づき、まずは分析してみる」ということです。机上に拡げられた記録からのみ、分析を試みることに徹してもらいます。これをルールとして守ってもらいます。
現場で生活を共にしている保育者にとって、これが一番難しいことなのです。親も同じでしょうし、私も家族の分析はかなり失敗しています。だからこそ、陥りやすい罠であることを知識として持ち、この罠に陥らないような「話し合いのルール」を設ける必要があるのです。
そして、次の段階として、空論が「机上」のモノであるのか、「実情」のモノであるのかを日常の様子と照合すればよいのです。この段階で、みんなが同意できれば物語としても申し分ないのです。
この照合の段階でしっくりこなければ、それは記録の方法に誤りがある可能性が出てきます。再度記録の方法の確認をすることもあります。また、このしっくり感は、感覚でよいと思いますし、日ごろ生活を共にする人でしか確かめられないところでもあります。あまり好まれる発言ではありませんが、生活をともにする者の感覚は、分析に際して重要な要素でもあると私は考えています(ただし前提はあくまでも、事実の記録による分析です)。
さて実際に、私がもらった18枚の記録には行動を起こす直前には「担任から注意される」ことが数多く記述されていました。
「嫌だから」でも「気に入らない」でもなく、「担任に注意される」ことが行動を起こすきっかけなのです。そして行動の後は、「叩いたらどんな気持ちになるか説明する」と言う結果事象が記述されていました。応用行動分析学では、この「担任に注意される」が先行事象で、問題行動が増加、維持している場合は「叩いたらどんな気持ちになるか説明される」という記述が強化事象となります。
この記述がABCチャートに埋め尽くされていたので、この解釈でおおよそ問題はないというのが、私が大量のFAXを手にし、初めに行った机上の空論です。
なにも、分析していないではないかと思われるかもしれませんが、これ以上でも、これ以下でもありません。現に、私がこの点について指摘するまで、誰一人として記録用紙全般にわたって、この「担任に注意される」ことが先行事象として記述されていたことに気づいていませんでした。そして「叩いたらどんな気持ちになるか説明する」ことを繰り返せば、子どもの行動が変わると考えていましたが、実際にはこの対応こそがこの行動を強めていたことになります。
事実の記録にしたがって分析するというルールに則れば、疑問をはさむ余地もありませんし、そこから組み立てた仮説(多少空想しましたが)は十分に同意が得られました。有難いことに、私のコンサル行動もしばらくは維持しそうです。
「記録をしていれば気付く」というものでもないようです。となると、一度は、「実情」から離れた「机上の空論」をすることをお勧めいたします。